私たちの睡眠の質や長さは、生活習慣だけでなく遺伝的な基盤にも支えられています。しかし、睡眠のどの段階がどの遺伝子に制御されているのか、その全体像はこれまでほとんど明らかになっていませんでした。2026年4月、英国を中心とする国際研究チームがNature Communicationsに発表した大規模ゲノム研究が、その「眠りの設計図」の一端を初めて描き出しました。
8万人の客観的な睡眠データを遺伝子解析
従来の睡眠遺伝学研究の多くは、被験者の自己申告に頼っていました。「昨晩何時間眠りましたか?」という質問には、どうしても記憶のバイアスが入り込みます。今回の研究では、UKバイオバンクに登録された80,013人の参加者が装着した加速度計(ウェアラブルデバイス)から得られた客観的な睡眠データを使用しています。総睡眠時間だけでなく、レム睡眠・ノンレム睡眠それぞれの持続時間、睡眠効率、入眠・覚醒タイミングといった多次元的な睡眠特性を解析対象としました。
ゲノムワイド関連解析(GWAS)の結果、睡眠特性に関連する20の遺伝子座(ローカス)が特定され、そのうち12は今回初めて報告されたものでした。さらに注目すべきは、レム睡眠とノンレム睡眠の持続時間についてゲノムワイドで有意なシグナルが得られたのは世界初という点です。
レム睡眠を増やす遺伝子がノンレム睡眠を減らす
特に興味深い発見は、MEIS1という遺伝子の働きです。この遺伝子はレム睡眠とノンレム睡眠の持続時間に対して正反対の効果を示しました。つまり、MEIS1の特定のバリアントを持つ人はレム睡眠が長くなる一方、ノンレム睡眠が短くなる傾向があるのです。MEIS1は機能喪失変異に対する耐性が低い(つまり、この遺伝子が壊れると重大な影響が出る)ことも確認され、睡眠段階の切り替えにおいて重要な調節的役割を果たしていることが示唆されました。
男女で異なる「睡眠遺伝子」
性別ごとの解析では、男女で異なる遺伝子座が睡眠特性に影響していることも明らかになりました。女性ではFOXP2(言語や神経発達に関わることで知られる遺伝子)やNRXN3(シナプス形成に関与)が睡眠との関連を示し、男性ではLRP1B、NPBWR2(神経ペプチド受容体)、PABPC4が特定されています。この発見は、睡眠障害の発症リスクや治療効果が性別によって異なる可能性を示唆するものです。
機能的な解析では、クロマチンリモデリング、脂質代謝、金属イオンの恒常性維持などの生物学的経路が関与していることが分かり、組織レベルでは視床下部や前頭皮質が重要な役割を果たしていることが示されました。
睡眠の乱れが代謝や精神疾患のリスクに
メンデルランダム化解析により、遺伝的に規定された睡眠時間が血糖調節や脂質プロファイルに対して因果的な影響を持つことも示されました。睡眠の乱れに関連する遺伝的バリアントは、精神疾患、メタボリックシンドローム、神経変性疾患のリスク上昇とも相関しています。
日常生活への示唆——まずは「自分の睡眠」を知ることから
この研究は、睡眠が単なる習慣ではなく、強い遺伝的基盤を持つ生物学的プロセスであることを改めて裏付けています。日常生活で取り入れられるポイントとしては、以下が挙げられます。
- ウェアラブルデバイスを活用して自分の睡眠パターンを客観的に把握する:自己申告と実際の睡眠にはギャップがあることが多く、まずは「知る」ことが第一歩です
- 睡眠の質には個人差があることを受け入れる:遺伝的背景が異なれば、最適な睡眠時間やパターンも異なります。「8時間睡眠」が万人に最適とは限りません
- 睡眠の問題を軽視しない:睡眠障害が代謝疾患や精神疾患のリスクと因果的に結びついている可能性が示されました。慢性的な睡眠の問題は、早めに医療機関に相談することをお勧めします
出典: Portas, L., Yuan, H., Cai, L. et al. "Genetic architecture of sleep in a genome wide association study of device measured sleep traits." Nature Communications (2026). DOI: 10.1038/s41467-026-71252-y
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