職場のメンタルヘルス対策として、CBT(認知行動療法)に基づくアプリやWebプログラムの導入が世界中で広がっています。しかし、それらは本当に効いているのでしょうか。2026年4月、877人の従業員と44事業所が参加した欧州最大級のクラスター無作為化比較試験「EMPOWER」の結果が公表され、デジタルメンタルヘルス介入の実装の難しさが改めて浮き彫りになりました。
研究の概要
EMPOWER試験は、スペイン・オランダ・フィンランド・ポーランドの中小企業や公共機関44事業所で実施されました。同意した877人のうち708人がベースライン調査に回答し、347人が介入群、361人が対照群に割り付けられました。
介入群が利用したのは、職場で発生しやすいうつ・不安・ストレスの予防を目的に開発されたWebサイトとアプリ「EMPOWER」です。CBTに基づく自己学習モジュール、気分の追跡機能、問題解決トレーニング、リラクセーション演習などを含み、7週間の使用が推奨されました。
主要評価項目はプレゼンティーイズム(出勤しているが本来のパフォーマンスを発揮できない状態)で、副次評価項目としてうつ症状、不安症状、一般的ストレスが測定されました。
結果は予想を裏切るものでした。プレゼンティーイズムは介入群と対照群で統計的有意差なし(β=2.186、95%CI -2.424〜6.796、P=0.35)。うつ症状(P=0.92)、不安症状(P=0.44)、ストレス(P=0.19)も、いずれも有意な改善を示しませんでした。
なぜ効果が出なかったのか
研究チームは論文で、「最大の知見は介入そのものではなく、実装の課題と教訓にある」と率直に述べています。具体的には、組織側の受け入れ準備、従業員のエンゲージメント維持、試験デザインの柔軟性の3点が成否を分ける鍵だったと指摘されています。
これまで小規模な研究では、職場向けデジタルメンタルヘルス介入の効果が繰り返し報告されてきました。しかし、現実の職場で大規模に展開すると、利用率が下がり、忙しい時期に演習が後回しになり、管理職の理解が得られず、想定された効果が再現されない——というギャップが、今回のような厳密な試験で可視化されたのです。
日常生活への示唆
この結果は、個人にとっても会社にとっても重要な示唆を含んでいます。
第一に、ストレス対策アプリを「インストールしただけ」では効果は期待しにくいということです。週1回のセッションや日々の演習を継続できる時間と心理的余裕を、自分自身であらかじめ確保することが必要です。通勤中や昼休みなど、ルーティンに組み込む工夫が効きます。
第二に、企業がアプリを一括導入しても、現場の業務量や上司の支援姿勢が変わらなければ効果は乏しいということです。本気でメンタルヘルスを改善したいなら、ツール導入と同時に労働時間や心理的安全性、利用を後押しする社内文化の整備が不可欠です。
第三に、ネガティブな結果の研究が公開されたこと自体に価値があります。「効くと言われているもの」が実は再現されないことを知るのは、自分の時間とお金をどこに投じるかを判断する上で大切な情報です。
出典
de Miquel C, Van der Feltz-Cornelis CM, Hakkaart-van Roijen L, et al. "Effectiveness and Lessons Learned From an Occupational E-Mental Health Intervention for Enhancing Workplace Mental Health: The EMPOWER Cluster Randomized Controlled Trial." Interactive Journal of Medical Research, 2026年4月14日公開. DOI: 10.2196/66041 URL: https://www.i-jmr.org/2026/1/e66041
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