年齢とともに体の中で静かに進む慢性炎症は「インフラメイジング(炎症老化)」と呼ばれ、認知症や心血管疾患、フレイルなど数多くの加齢性疾患の引き金になります。この炎症をなぜ私たちは止められないのか、その答えに迫る研究がNature Agingに掲載されました。鍵を握っていたのは、学校の生物で習った「解糖系」の途中に登場する、ありふれた代謝物だったのです。
中国科学院などの研究チーム(Song, Hu, Zhang ら)は、加齢に伴う血中代謝物を網羅的に追跡し、ホスホエノールピルビン酸(PEP)という解糖系の中間代謝物に注目しました。マウスとヒトの両方で、PEP濃度は加齢の初期に一度上昇し、その後高齢期に急激に低下する「二相性」のパターンを示すことが分かりました。さらに高齢者の解析では、PEPが高いほど炎症マーカーが低く、健康関連の指標が良好であるという相関が認められました。
メカニズムも興味深いものでした。PEPは、細胞内で「異常なDNA」を感知して炎症を引き起こすcGAS-STING経路のスイッチ役であるcGASに直接結合し、その働きを抑える内因性のブレーキとして機能していたのです。マウスでPEPの蓄積を人為的に妨げると炎症が悪化し老化が加速しました。逆に、PEPが低下する前から補充すると、健康的な老化が促進され、アルツハイマー病モデルマウスでは認知機能の改善まで観察されました。
私たちの日常に引きつけると、何が言えるでしょうか。PEPは解糖系の代謝物ですので、糖質代謝を健全に保つ生活習慣との関連が示唆されます。具体的には、運動による筋肉での解糖系の活性化、極端な糖質制限を避けたバランスの取れた食事、そして血糖を乱高下させない規則的な食生活が、体内の代謝環境を整える上で意味があると考えられます。ただし、本研究の多くはマウスでの実験であり、ヒトについては相関関係の段階にとどまります。サプリメントとしてのPEP摂取が有効かどうかも未確認ですので、過度な期待は禁物です。
それでも、「老化の炎症」を代謝の側から説明する新しい視点が開けたこの研究は、今後の抗加齢医療の方向性を大きく変える可能性を秘めていると言えるでしょう。
出典
Song, Z., Hu, H., Zhang, W. et al. "The glycolytic metabolite phosphoenolpyruvate restricts cGAS-driven inflammation to promote healthy aging." Nature Aging 6, 831–848 (2026). DOI: 10.1038/s43587-026-01087-1 https://www.nature.com/articles/s43587-026-01087-1
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