腸内の「ウイルス」が私たちの腸細胞に入り込んでいた

最も多いファージが上皮細胞に侵入する仕組みを解明

調査レポート
腸内の「ウイルス」が私たちの腸細胞に入り込んでいた——最も多いファージが上皮細胞に侵入する仕組みを解明

私たちの腸の中には、細菌だけでなく膨大な数のウイルスがすんでいます。その大半は「バクテリオファージ(ファージ)」と呼ばれる、細菌に感染するウイルスです。これまでファージは人間の細胞には関係しない、いわば「細菌専門のウイルス」と考えられてきました。ところが、ハンガリー科学アカデミーの研究チームが発表した最新の研究は、その常識を大きく塗り替えました。腸内でとくに数の多いファージが、私たち自身の腸の細胞に結合し、内部にまで入り込んでいたのです。

この成果は2026年6月、Nature Communicationsに掲載されました。

何を調べ、何がわかったのか

研究チームは、どのファージが腸の上皮細胞(腸の内側をおおう細胞層)にくっつくのか、そしてそれを担うタンパク質は何かを一度に大量に調べられる、ハイスループットな実験プラットフォームを新たに開発しました。この手法を使って腸内のファージを網羅的にスクリーニングしたところ、上皮細胞に接着するファージが「免疫グロブリン(Ig)様ドメイン」と呼ばれる構造を持つタンパク質をコードしていることが明らかになりました。

このタンパク質が鍵であることを確かめるため、研究チームは本来は細胞にくっつかないファージに、このIg様ドメインを持つタンパク質を人工的に提示させました。すると、そのファージは培養した上皮細胞に結合し、細胞内部に取り込まれるようになりました。さらにマウスを使った実験では、このタンパク質を持つファージが腸内により長くとどまることも示されました。つまり、このタンパク質が「接着装置」として働いていると考えられます。

注目すべきは、こうした接着タンパク質をコードするファージが、ヒトの腸内でもっとも豊富で広く分布するグループに含まれていた点です。その中には、健康な人の腸に普遍的に存在する「crAss様ファージ」や、近年提唱された「Flandersviridae」科に近いミオウイルスが含まれていました。決して例外的な存在ではなく、ありふれたファージが日常的に私たちの腸細胞と接していた可能性が示唆されています。

どこへ運ばれていたのか

さらに研究チームは、細胞内に取り込まれたファージの行き先を追跡しました。すると、これらのファージはゴルジ体を経由して小胞体へと運ばれていました。小胞体はタンパク質の合成や品質管理を担う細胞内小器官です。この経路は、取り込んだものをすぐ分解してしまう経路とは異なるため、ファージが分解を免れた状態で細胞内にとどまれる可能性が示唆されています。

日常生活への示唆

この研究は、ただちに何かの健康法につながるものではありません。しかし、私たちが「腸内環境」と呼ぶものが、細菌だけでなくウイルスまで含めた複雑なやりとりの上に成り立っていることを、あらためて教えてくれます。

近年、特定の細菌だけを狙って退治する「ファージ療法」が、抗生物質に代わる治療として期待を集めています。今回の発見は、ファージが人間の細胞とも直接やりとりしうることを示しており、こうした治療を設計するうえで人体側への影響も考慮する必要があることを示唆しています。発酵食品や食物繊維で腸内細菌を整える工夫はこれからも大切ですが、その背後ではウイルスを含むさらに大きなネットワークが動いていることを知っておくと、腸の健康への理解が一段と深まると言えるでしょう。

出典

論文タイトル: Prevalent gut phages encode modular adhesins mediating epithelial binding and endoplasmic reticulum trafficking 著者: Gábor Apjok ら(ハンガリー科学アカデミー 生化学研究所) 掲載誌: Nature Communications(2026年6月公開) DOI: 10.1038/s41467-026-74031-x

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