腰が痛いとき、多くの人は「筋肉を痛めた」と考えます。一方で、しびれを伴う痛みは「神経痛」と呼ばれます。ところが慢性の腰痛には、そのどちらにも当てはまらない第三のかたちがあることがわかってきました。2026年7月14日にNature Communicationsで公開された研究は、背骨の骨にいる細胞が脊髄に「痛みを自分で増幅する回路」をつくり出す仕組みを明らかにしています。
痛みには三つのタイプがあります
痛みは大きく三つに分けられます。ひとつは侵害受容性疼痛で、筋肉痛やけがの痛みのように、組織が傷ついたことを神経が正しく伝えている状態です。もうひとつは神経障害性疼痛で、神経そのものが傷ついたり圧迫されたりして起こる、いわゆる神経痛です。そして三つ目が痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)で、組織にも神経にもはっきりした損傷が見当たらないのに、痛みを処理する神経回路の側が過敏になって痛みが続く状態を指します。
画像検査で異常が見つからない「非特異的腰痛」の多くが、この三つ目に当たるのではないかと考えられてきました。ただし、その神経生物学的な正体はよくわかっていませんでした。
骨から神経へ、そして自己増幅へ
米国ジョンズ・ホプキンス大学などの研究チームは、マウスを使ってこの謎に取り組みました。
まず、椎骨の終板(椎間板と骨が接する部分)が変性すると、そこにいる破骨細胞がネトリン1という分子を分泌することを確認しています。ネトリン1はもともと神経の発生過程で軸索の道案内をする分子として知られています。このネトリン1が、感覚神経(後根神経節ニューロン)にあるDCCという受容体を活性化していました。同じ現象は、病態モデルだけでなく自然に加齢したマウスでも観察されています。
重要なのはその先です。DCCが活性化されると、脊髄後角でグルタミン酸の放出が増え、そのグルタミン酸が今度は脊髄後角のニューロン自体にネトリン1とDCCを発現させていました。つまり、痛みの信号が入るほど痛みを伝える装置が増えるという、正のフィードバックループが脊髄の中に立ち上がっていたのです。この増幅された信号は脳の腕傍核まで伝わり、痛みの感じ方そのものを変えていました。
破骨細胞からネトリン1を取り除いたマウス、あるいは感覚神経からDCCを取り除いたマウスでは、痛みへの過敏さが軽くなりました。さらに、脊髄後角でDCCの働きを薬理学的または遺伝学的に断つと、いったん確立した過敏状態が元に戻ることも示されています。
この結果が示唆するのは、骨側のきっかけがなくなった後でも、脊髄の回路そのものが痛みを維持しうるということです。「傷が治ったのに痛みだけ残る」という現象に、具体的な分子の説明がついたことになります。
日常生活への示唆
第一に、長引く腰痛について「異常が見つからない=気のせい」という理解は適切ではありません。この研究は、画像に映らない痛みにも神経回路レベルの実体がありうることを示しています。
第二に、痛みのタイプによって対処の方向が変わります。数日で消える筋肉痛は基本的に休息と時間で回復します。しかし3か月以上続く痛みでは、痛みを増幅している神経系そのものに働きかける視点が必要になる可能性があります。運動療法、睡眠の確保、認知行動療法といった神経系に働きかけるアプローチが慢性腰痛で推奨されてきた背景とも整合します。
第三に、しびれや電気が走るような痛み、足先まで広がる痛みがある場合は神経障害性疼痛の可能性があり、自己判断せず整形外科などの受診をおすすめします。
なお、この研究はオスのマウスを対象としたものであり、人間の腰痛にそのまま当てはまるかどうかは今後の検証を待つ必要があります。DCCを標的とした治療薬もまだ実用段階にはありません。それでも、慢性腰痛を「筋肉か神経か」の二択ではなく、回路の過敏さという第三の軸で捉える視点は、これからの痛み医療を変えていく可能性があります。
出典
論文タイトル: Dorsal horn DCC amplification loop induced by endplate osteoclasts generates chronic nociplastic low back pain in male mice
著者: Dayu Pan, Mengxi Shen, Elizabeth Abatan, Jinjian Zheng, Philip Nasser, Damien M Laudier, Chao Kong, Lei Yan, Zhaozhu Qiu, James C Iatridis, Mei Wan, Junying Zheng, Bradley K Taylor, Xu Cao
掲載誌: Nature Communications(2026年7月14日公開)
DOI: 10.1038/s41467-026-75423-9
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-026-75423-9
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