心的外傷後ストレス障害(PTSD)でとくにつらい症状のひとつが、繰り返し襲ってくる悪夢です。夜ごとにトラウマを追体験するうちに、眠ること自体が怖くなっていきます。しかし悪夢そのものに的を絞った薬の選択肢は、これまで限られたままでした。2026年8月5日、ドイツのシャリテ大学病院を中心とする研究チームが、大麻の主成分THCを医薬品化したドロナビノールがPTSDの悪夢を減らしたとする無作為化比較試験の結果を、Nature Medicineに発表しました。
10週間の二重盲検試験でわかったこと
試験は多施設・二重盲検・プラセボ対照という、最も厳密な設計で行われました。PTSDがあり悪夢を繰り返している成人171人(平均37.9歳、79.3%が女性)を、就寝前に1日1回のドロナビノール(2.5〜15mg)を飲む群87人と、見た目が同じ偽薬を飲む群84人に無作為に割り付けています。最初の4週間で少しずつ増量し、その後6週間は同じ量を続ける形で、合計10週間の投与でした。
主要評価項目は、悪夢の頻度と強さを医師が評価するCAPS-IVのB2項目です。10週後の低下はドロナビノール群のほうが有意に大きく、群間差はマイナス1.50(95%信頼区間 マイナス2.28〜マイナス0.71)、効果量はCohen's d = 0.65、P値は0.001未満でした。効果量0.65は、心の症状に対する薬としては中等度からやや大きめにあたる水準です。
研究チームのプレスリリースによれば、ドロナビノールを飲んだ人の3分の1以上が「10週間後には悪夢がまったくなくなった」と報告し、さらに21%が悪夢の負担が少なくとも半分になったと答えています。およそ6人に5人が、体調全体がはっきり良くなったと感じていました。
一方で、限界もはっきり示されています。同じプレスリリースでは、効果は悪夢と睡眠に特異的にあらわれたものの、PTSD全体の重症度や併存するうつ症状は明確には変わらなかったと説明されています。安全性については、有害事象がドロナビノール群の89.7%(78人)、プラセボ群の77.1%(64人)に生じ、重篤な有害事象はドロナビノール群で7人(8.0%)、プラセボ群では0人でした。有害事象による中止はそれぞれ5.7%と7.2%です。長期の有効性と安全性は、今後の検討課題として残されています。
私たちの生活に引き寄せて考える
第一に、悪夢は「気の持ちよう」や性格の問題ではなく、治療の対象になりうる症状だという点です。眠るのが怖い状態が続いているなら、それは相談してよい不調と言えます。
第二に、受診の前に睡眠の記録をつけておくと役に立ちます。何時に目が覚めたか、悪夢を見た日はどれくらいの頻度か、翌日の調子はどうだったかを書き留めておくだけで、医師と共有できる材料になります。この試験でも、効果は医師による評価尺度で丁寧に測られていました。
第三に、この結果は市販のCBD製品や大麻の自己使用を支持するものではないという点を強調しておきます。試験で使われたのは、医師の管理下で用量を細かく調整した処方医薬品であり、重篤な有害事象も一定数報告されています。ドロナビノールは日本では承認されていないため、すぐに使える治療ではありません。それでも、薬の選択肢が乏しかった領域に有力な候補が加わった意義は大きいと考えられます。
出典
論文タイトル: Dronabinol for nightmares in post-traumatic stress disorder: a randomized controlled trial. 著者: Stefan Roepke, Nikola Schoofs, Kathlen Priebe ほか(計20名) 掲載誌: Nature Medicine(2026年8月5日公開) DOI: 10.1038/s41591-026-04546-9 URL: https://www.nature.com/articles/s41591-026-04546-9 試験登録: ClinicalTrials.gov NCT04448808 補足: 悪夢が消失した人の割合など一部の数値は、シャリテ大学病院のプレスリリース(EurekAlert, 2026年8月5日)に基づいています。
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