「二度と外せない」とされた老化の傷が消えた

75歳の動脈で糖化ダメージが7割減った酵素

調査レポート
「二度と外せない」とされた老化の傷が消えた——75歳の動脈で糖化ダメージが7割減った酵素

体のたんぱく質に少しずつ溜まっていく糖化の跡は、一度ついたら元には戻らないと長く考えられてきました。ところが2026年7月、その前提をくつがえす報告がNature Communicationsに発表されました。人工的に進化させた酵素が、高齢ドナーの血管や皮膚に実際に蓄積していた糖化の跡を大きく取り除いたのです。

そもそも「糖化の跡」とは何か

糖とたんぱく質が結びついてできる終末糖化産物は、AGEsと呼ばれます。その中でもCML(Nε-カルボキシメチルリジン)は、加齢した組織でとくに多く見つかる代表格です。

やっかいなのは、CMLが溜まる場所です。コラーゲンやエラスチン、目の水晶体のたんぱく質といった、入れ替わりが極端に遅い「長寿命たんぱく質」に蓄積していきます。作り替えられないまま何十年も居座るため、加齢とともに一方的に増えていきます。しかもCMLはRAGEという受容体に結合し、慢性的な炎症と酸化ストレスを持続させる引き金になると指摘されてきました。

体内には、CMLになる手前の反応性の高い物質を処理する仕組みが備わっています。しかし、いったんCMLというかたちで固定されてしまうと、それを外す手段は存在しないと考えられてきました。

5億通りの変異体から選び抜かれた酵素

研究チームは、5億を超える変異体を作っては選抜する指向性進化という手法で、CMLだけを狙って酸化し、元のリジンに戻す酵素を作り出しました。CMLaseと名づけられています。

試験管内では、カゼインやコラーゲンなど生理的に意味のあるたんぱく質でCMLが52%から97%減りました。牛血清アルブミンを使った部位ごとの解析では、検出された33か所のCML修飾のうち30か所で減少が見られ、21か所では50%を超え、7か所では90%を超える低下が確認されています。

注目すべきは、実際のヒト組織での結果です。CMLは長生きする生き物でこそ蓄積するため、寿命の短い実験動物では検証しきれません。そこで研究チームは、何十年もかけてCMLが溜まったヒトの組織を直接使いました。

64歳ドナーの水晶体たんぱく質では、質量分析でCML総量が45%減少し、抗体を使った測定では78%の低下が示されました。75歳ドナーの腹部大動脈の切片では、CMLの染色が70%以上減りました。高齢者の皮膚でも表皮と真皮で55%以上減り、31歳の皮膚より低い水準まで下がったと報告されています。

ただし、まだ治療ではありません

この研究は原理実証の段階にあります。使われたのは組織の切片や、すりつぶして取り出したたんぱく質であり、酵素が届きやすい条件でした。生きた臓器の中で、密に絡み合った組織の奥まで酵素が浸透できるかは未検証です。

さらに、化学的にCMLを外せたことと、血管の弾力が戻ったり炎症のシグナルが止まったりすることは別問題であり、そこはまだ確認されていません。細菌由来の酵素であるため、体内に入れたときの免疫反応も検討課題として挙げられています。

私たちの生活への示唆

現時点で私たちができるのは、CMLを溜めにくくすることです。糖化は文字どおり糖とたんぱく質が結びつく反応ですから、血糖値が高い状態が長く続くほど反応は進みやすくなります。食後の血糖の急上昇を抑える食べ方や、体を動かす習慣は、この上流にはたらきかける手段と言えます。ただし、これらがCMLの蓄積をどれだけ減らすかを本論文が検証したわけではない点は、正確にお伝えしておきます。

それでも、この研究の意味は小さくありません。老化にともなう分子の傷のうち、少なくとも一つは修復可能だと示されたからです。研究チームは、組織の弾力を損なうグルコセパンなど他の糖化産物にも同じ手法を広げられる可能性に触れています。老化を「遅らせる」だけでなく「修復する」という発想が、実験レベルで形になりはじめています。

出典

論文タイトル: Reversal of protein chemical aging by enzymatic deglycation 掲載誌: Nature Communications(2026年7月14日公開) DOI: 10.1038/s41467-026-75141-2 著者: Narisa Trabosh, Jason Smith, Maggie Yun-Hsuan Hsu ほか URL: https://www.nature.com/articles/s41467-026-75141-2

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