「痛い」と気づく前に足は引っ込んでいる

20ミリ秒で働く速い痛みの神経

調査レポート
「痛い」と気づく前に足は引っ込んでいる——20ミリ秒で働く速い痛みの神経

画鋲を踏んだとき、私たちは「痛い」と自覚するより先に足を引っ込めています。この素早い反射を実際に担っているのが何なのかは、意外にも長く決着がついていませんでした。2026年7月にNature Communicationsで公開された研究は、マウスの遺伝学的操作とヒトを対象にした実験を組み合わせ、その主役が「伝導の速い痛みの神経線維」であることを示しました。

痛みの信号を運ぶ神経(侵害受容器)は、大きく二つに分かれます。ひとつは髄鞘を持たず伝導が遅いC線維で、じわじわと続く鈍い痛みに関わります。もうひとつは髄鞘に包まれて伝導が速いA線維です。C線維については膨大な研究が積み重なってきた一方、A線維が痛みの中で何をしているのかは、あまり分かっていませんでした。

研究チームは、A線維だけを狙って光で操作できるマウスをつくりました。後ろ足に5ミリ秒の光を1回当てると、足を引っ込めるまでの時間はわずか21±3ミリ秒でした。比較として、C線維の一種を刺激したときの反応は700ミリ秒を超えると報告されており、桁が違います。逆にA線維の働きを抑えると、機械的な刺激に反応する閾値は約3倍に上がりました。ただし熱い板に乗せたときの反応時間は変わらず、この線維は機械的な痛みに特化していると考えられます。さらにマウスは光を当てられる側の部屋を避けるようになり、顔つきにも痛みを示す変化が現れました。単なる脊髄反射にとどまらず、「不快である」という情動を伴う痛みまで引き起こしていた可能性が示されています。

ヒトでも同じ結果が得られました。研究チームは、太い有髄線維(Aβ線維)が選択的に失われた70歳の男性を調べています。この方は、現在確認されている唯一の存命例と論文には記されています。痛みの我慢の限界に達する強さまで機械的に刺激しても、引っ込め反射はまったく起こりませんでした。機械的な痛みの閾値も、健常者に比べて大幅に高くなっていました。一方で温度を感じる能力は保たれていました。健康な22人にAβ線維を優先的に一時遮断する処置を行った実験でも、引っ込め反射はほぼ消え、痛みの評価も弱まり、遮断が切れると元に戻っています。

もうひとつ重要な発見があります。A線維を5分間続けて強く刺激すると、その後は軽く触れただけで痛がるようになり、脊髄の後角では中枢性感作の指標が増えていました。痛みの慢性化はこれまで主にC線維の役割と考えられてきましたが、速い線維も引き金になりうることが示唆されます。

日常生活への示唆を三つ挙げます。第一に、ぶつけた瞬間の鋭い痛みと、あとからじわじわ来る痛みは、別の神経が運んでいる別の現象です。医療機関で痛みを説明するときは、強さだけでなく「鋭いのか鈍いのか」「触れただけで痛むのか」という性質を伝えることに意味があります。第二に、危険から身を守る素早い反射は、この速い線維があってこそ成立しています。感覚の鈍さやしびれを自覚している方は、反射による自己防衛が働きにくくなっている可能性があるため、足元の傷ややけどを目で確認する習慣が役立つと考えられます。第三に、強い機械的な刺激を長時間受け続けること自体が感作を招きうる以上、痛みを我慢して同じ作業を続けることは避けたほうがよいと言えます。

痛みは単一の感覚ではなく、速さも役割も異なる複数の回路が重なった仕組みです。その一方が見えてきたことで、慢性の痛みに対する新しい狙いどころも見えてくるかもしれません。

出典

論文タイトル: Central role for fast nociceptors in mechanical nocifensive behavior and sensitization 掲載誌: Nature Communications(2026年7月25日公開) 著者: John Chwen-Yu Chen, Oumie Thorell, Felipe Meira de-Faria ほか(計15名) DOI: 10.1038/s41467-026-75948-z URL: https://www.nature.com/articles/s41467-026-75948-z

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