腸内細菌が体に良い影響を与えることは広く知られるようになりましたが、「菌がどんな物質で、体のどこに、どう働きかけているのか」は、まだ多くが分かっていません。ドイツ・コンスタンツ大学などの研究チームは、腸内細菌がつくる脂肪酸の一つ「バクセン酸」が、肝臓の代謝を調節するスイッチに直接作用することを突き止め、EMBO Molecular Medicineに報告しました。
肝臓の代謝スイッチ「LRH-1」
研究チームが注目したのは、LRH-1(NR5A2)と呼ばれるたんぱく質です。LRH-1は核内受容体の一種で、肝臓や腸で血糖や脂肪の代謝にかかわる遺伝子のオン・オフを切り替えています。これまで、合成化合物がLRH-1を活性化すると、マウスで血糖や脂肪肝が改善することが報告されていました。しかし、体内でLRH-1を動かす「天然の鍵」が何なのかは、よく分かっていませんでした。
菌の脂質から「鍵」を探し当てる
研究チームは、複数の腸内細菌から脂質を抽出し、LRH-1を活性化するかを細胞で調べました。すると、プロバイオティクスとして使われているビフィズス菌の一種(Bifidobacterium animalis subsp. lactis B420)など、複数の菌の抽出物がLRH-1を活性化しました。抽出物を細かく分けていった結果、その正体が長鎖脂肪酸の「バクセン酸」であることが判明しました。バクセン酸はLRH-1の結合部位に直接くっつき、働きを高めることが確認されています。LRH-1の結合部位に変異を入れた細胞では、この効果が大きく弱まりました。
肥満マウスで血糖と脂肪肝が改善
次に、脂肪が45%を占める高脂肪食を15週間与えて、肥満・高血糖・脂肪肝の状態にしたマウスに、バクセン酸(体重1kgあたり50mg)を毎日2週間、腹腔内に注射しました。その結果、以下の変化がみられました。
- 高脂肪食マウスの血糖値が低下する傾向を示し、試験終了時の血清の血糖値とインスリン値も下がった
- 肝臓の脂肪化の程度を示すスコア(NAFLD活動性スコア)が有意に改善した
- 肝臓で脂肪を新たに合成する遺伝子(Fasn、Scd1など)の働きが抑えられた
- 体重や肝機能の指標(ALT)には悪い影響が出なかった
一方で、肝臓の中性脂肪の量や血中コレステロール、線維化には明らかな差はみられませんでした。効果は「肝臓が脂肪をつくる流れを弱める」方向に働いたと考えられています。
日常生活への示唆
この研究は、腸内細菌が「脂肪酸という合図」を通じて肝臓の代謝に語りかけている可能性を示した点で興味深いものです。ただし、読み取り方には注意が必要です。
まず、結果はすべてマウスと細胞によるもので、バクセン酸は注射で投与されています。ヒトで食事やサプリメントとして摂った場合に同じ効果が出るかは、まだ分かっていません。また、バクセン酸は牛乳や乳製品、牛肉などに含まれる天然のトランス脂肪酸の一種でもあります。論文でも、バクセン酸を多く含む牛脂を長期間与えても血糖が改善しなかったという別の研究が紹介されています。「乳製品や肉を増やせば肝臓に良い」と考えるのは早計と言えます。
現時点で私たちにできるのは、腸内細菌が働きやすい環境を整えることです。野菜や豆類、全粒穀物などから食物繊維をしっかりとり、発酵食品も取り入れながら、多様な食品を食べることが基本になります。脂肪肝は健診で指摘されることの多い身近な病気です。菌と肝臓をつなぐ仕組みの解明が進めば、将来的には食事やプロバイオティクスを活用した新しい予防や治療につながる可能性があります。
出典
論文タイトル: Microbiome-host communication via vaccenic acid modulates LRH-1/NR5A2 activity and ameliorates metabolic liver disease 著者: Anna Pia Plazzo, Verena Filz, Michaela Prothiwa, Rebekka Lambrecht, M Eugenia Delgado ほか(計18名) 掲載誌: EMBO Molecular Medicine 公開日: 2026年9月17日 DOI: 10.1038/s44321-026-00516-3 URL: https://link.springer.com/article/10.1038/s44321-026-00516-3
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